会員の思いと行い

感謝は宝であると実感

あるとき、私は教祖様のお出かけにお供をしたことがありました。ご用が終わられまして、タクシーでご本部に帰ってきたんですけれど、タクシーを降りるときに、「Oさん、できるだけたくさん運転手さんに払ってあげて下さい」と教祖様がおっしゃいました。ええっ!財布と相談、と思ったのですが、その日は帰りに買い物をするつもりで少し多く持っていたのですが、電車賃だけ残して、運転手さんに全部支払いました
  運転手さんは、「いいんですか、すみませんね」「ありがとうございます」と大変な喜びようでした。車から降りて教祖様は、「ずいぶん乱暴な運転でしたね。何か気に入らないことでもあったんでしょう。でももう大丈夫でしょう、これからは安全運転するでしょう」とおっしゃいました。
  先生は、どんな人でも神の子であり、事故のないように願い、黙って救いの手を差しのべられる。そして私にも徳を積ませる。これは一石二鳥のお救いだなと感銘いたしました。

何年か前、私は素晴らしいみおしえに出会いました。

ようかった もうかったの一言は
天に輝き 地に響くなり


  教祖様の注釈がついていました。「ようかった」は、良かったであり 世を勝っていく。「もうかった」は、命があるということは大変な儲かりをいただいているのであるし、勝っているのである。これを朝夕拝誦していると、3年経ったら芽が出るよ、と。
  私は最初、なんだろう?と思ったんですけれど、私も尊い命を授かっている感謝の気持ちで実行してみようと思ったのです。
  3年は長かった。そして今年 3年目を迎えました。びっくりしました。健康診断に最近行ってまいりました。そうしたら内臓の数値がとても良好、また骨密度が平均の120%と上回っている。あなたの歳ならば下がっていくのが普通なのに大幅に上がっている、珍しいね。これは、喜びや感謝で暮らしていると、細胞が変化するんだよと医師が申されました。
  私は、これだ!と思ったのです。みおしえを信じて実行するということは、心の持ち方が変わりますので、体の細胞が変化するのですね。
  教祖様から言われた、「何があっても、どんなことがあっても感謝だよ」「感謝は因縁を切る」と、このお言葉が蘇ってきました。感謝は宝であると実感しております

O女 会員の手記を基に一部編集したものです。