会員の思いと行い

心の切り替え―息子の子育てに行き詰まって

昔、「何を勉強しているの?」と尋ねられ、「心の持ち方使い方、言葉の出し方使い方を学んでいます」と答えたことがあります。当時の私は、教えを人生のマニュアルと受け取っていたようで、困りごとを解決するにはどうすればいいかと教えを繙いていました。いわば木を見過ぎて木にとらわれ、森にまで辿りつけていませんでした。 その結果、息子の子育てで心が行き詰まり、そこで教祖の『誠書』に触れることによって、教祖が目指しておられるものを行間から感じることで、「天地自然の法則のもと、いのちの親の分けみ魂をいただいて生かされている神の子」が自分の中に根付きました。 そうして自分の環境を学ぶ中心が定まり、今では「今の環境を、いのちの親の分けみ魂である自分の魂も他人の魂も濁し傷つけることのないように、自分の魂を少しでも磨き、少しでも浄化できるように学ぶことが悠久世界平和への一歩」と、まずここに戻って日々心を養う努力をしております。

息子の子育てで行き詰まっていた頃の私は、さかしま心を切り替えなくちゃいけないと分かっていても切り替えられない、私はだめ…と自分で自分の心を傷つけていました。 教祖も「人は自惚れ(自分は正しい)を持っているために切り替えは容易ではない」とおっしゃっていますが、私は自分の置かれた環境を受け入れることができず、自分も息子も否定していました。 「教えを学ぶと同時に行いに現わしていかなければなりません」とも教えられます。「しないといっても少しはしているでしょう。やっぱりしている努力に対して敬意を表していく…」というお言葉に出合い、自分のできないことにとらわれるのは息子(他人)に対しても同じと気づき、息子のできていることを見つけて認めるお稽古に取り組みました。

言葉のお稽古については、「言葉は心に現れ、逆に、言葉によって心は影響を受けます。表裏一体となっていて、言葉と心は密接なつながりがある」という教えに触れ、切り言葉や否定の言葉を、別の表現に替えて出すお稽古や、自分の出した言葉で自分の心の状態に気づき、心を改めて言葉を丁寧に出すお稽古を今も続けています。初めは形から始めた言葉の出し方でしたが、少しずつ心(相手を大切に思う)も伴うようになったと感じています。これらの努力を続けているうちに自分の心が明るくなり、心の切り替えがしやすくなっていきました。

以前より在宅時間が長くなった夫は元来マメでせっかち。自ら食後の食器洗いやお風呂掃除やトイレ掃除をどんどん自分のペースで片付けます。私はとても助かるので「ありがとうございます」とできる限り感謝の言葉を伝えていますが、形だけの時もあります。 先日、お風呂掃除をして気分転換と、心を込めて掃除をした翌朝、いつものようにお風呂掃除を終えた夫が「昨日掃除してくれた?こするだけで取れない汚れがきれいになっていて、助かった。どうもありがとう」と申しました。私は「たまには私も掃除しなくちゃと思って…。こちらこそいつもありがとうございます」と、夫と心からの交流ができました。 その時に、一緒に取り組む時の心の持ち方言葉の出し方は、「足りないところを足し合う、その謙虚さを忘れないこと」と夫から学び、心が晴れやかになりました。ちいさなことですが、こう思えるのは息子の子育てで行き詰まり、教えと取り組み、「どんな人も神の子、いつも一生懸命、いのちの親に見守られて生かされている」と、少しずつ実感できるようになってきたお蔭さまと感謝しております。 冒頭の質問に対して今の私は、「心の持ち方使い方、言葉の出し方使い方の大切さと奥深さとその醍醐味を学んでいます」と答えると思います。

K女 会員の手記を基に一部編集したものです。